減点と余白

49歳111日。近くのファミリーレストランより

自分ではやっていたつもりでも
実際はやれてない指摘を受ける。

歯を磨く時間を長くしたので
歯磨きを歯医者さんに褒められると思いきや
歯の隙間に残っている歯石を指摘される。
歯の磨き方が悪いのだ。

自分では何気ないつもりでも
他人から褒められると嬉しい。

撮った写真を共有して
当時の雰囲気を思い返してくれれば良かった。
事務的な感謝のコメントがあれば満足だった。
写真の撮り方が上手いのコメントが追加される。
今までのやり方は良かったらしい。

私の眼鏡は指摘眼鏡。
自分の悪いところは拡大視して
自分の良いところは縮小視する。
悪いことばかり気にして
自分で不安を増幅させている。
良いことなんて心に届かない。
いつも減点方式の考え方だ。

他の人に対しても同じだ。
悪いところばかり拡大視して
良いところは縮小視する。
出来て当然、出来ないのは異常と思う。
それなのに指摘も指導もしないから
自分だけで感情に締め付けられる。

もっと悪いと
他人に関わらないようにする。
悪いところも良いところも興味無い。

それで良いのだろうか?

私が外したいのは
指摘眼鏡ではなく
減点眼鏡なのだろう。
事実から指摘だけ残し
殺伐世界が見える眼鏡。
これをやめたい。

悪い所を見つけたら
良い所を一つ探そう。
そして改善点を一つ考えよう。
「良い所」と「改善点」を揃える癖を付けよう。

これまでは「悪い所」を見つけることを磨いてきた。
そして指摘出来ない自分に苦しんだ。
それは「指摘」=「死刑宣告」「人格否定」だと重く感じてたからかもしれない。
人と軽くしか関われていないのも
世の中を重く感じていたからだ。

これからは
「悪い所」を探すだけでなく
「価値を見つける」ことも癖にしたい。
指摘する検査員ではなく
価値を見つける観察者でもありたい。

***
朝4:00
もう朝ではないかとの不安の中
心は夢に逃げこむ。

意識を失っている間に
身体が休まれば言うことない。
身体が休まった、という爽快感が欲しい。

朝6:00
妻のスマホが動き出した。
妻の出勤準備が始まる。

私は自分の行動を問う。
一緒に外食するか
このまま休み続けるか。
休んで得られるのは一時の逃避感。

妻からの再問いかけ。
期限や予定があるから人は律せれる。
起きよう。

外は暗く今日も雨が降っている。
気温22℃。

着替え。

朝6:30
近くのガストさんにやって来た。
着席率2割くらい。
雨降りだから人は外出したがらない。

優しいピアノBGMで心は落ち着いていく。
朝食にハンバーグモーニングセットで今日の元気を頂きます。
今日も無理しすぎず頑張ろう。

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