拘束と保護

49歳132日。自宅の食卓より

こうも解決出来ない自分に
悲しみ
呆れもする。

こうも周りの足を引っ張る自分に
恐れ
申し訳なく思う。

役に立てれてない自分自身の存在を
疑う質問が繰り返される。

笑うことも
休むことも
自分を認めることも
誰かを評することも
罪悪感でしかない。
そんな資格は自分にはないんだ。
少しでも素振りを見たら
他人よりも自分が率先して裁き出す。

反省することと
自分を罰し続けることには
違いがあるとしても
私は加減が出来ない。
罪を憎むか罪から逃げるかの二択。
心は削られていく。

自分を縛っているものは
これまで自分を守ってきたものだ。
本来、私自身が自滅するほど締め付けるものではないはずなのに。

笑うことは
責任を忘れることじゃない。
休むことは
誠実さを失うことじゃない。
自分を認めることは
逃げることじゃない。
他人を評することは
問題をすり替える訳じゃない。

それは分かっているつもり。
でも自分はまだ自分を許せれない。
完璧な自分にならなければ
甘えだと強く責め立てる。

今の状態で解決してないのに
今のやり方を継続してても変わらないのも分かっている。
でも止めれないのは何故だろう。

私の心を縛るもの、そして守るものにどうやって訴えたら私は変われるだろうか。

完璧な自分の存在は遠すぎて
今日はなれないだろう。
それでも少しでも自分を裁く言葉を減らしたい。

***
朝4:00
博物館内を妻と歩いている。
時間が限られているから足早になる。
もう大半の同行者は集合場所で待っているらしい。

夢からの目覚め。

身体はあまり回復できてない。
このまま休んでいても変わる気はしないが
起きて考えることの方が苦痛だ。
そっとしておいて欲しい。

自分自身でトドメを指すことも
決断することもしたくない。
世界が滅びるとか
突然の災害に巻き込まれるとか
自分の意思とは別の力ならば受け入れれる気持ちはある。

朝6:00
無情にも時間は進んでいく。
私の意志とは関係なく。

朝7:00
妻は勤の準備をしている。
立ち会えない自分に歯がゆくも感じる。
身体は動かぬまま、
動かそうとしないまま
弱った自分を演じ
弱った自分に安心する。

朝8:00
近くの工場からの時報。
人々が通常働き出す時間。

私も起きて行動しないと
また徹夜モードになってしまう。
恐れとともにアテにしている自分。

朝8:30

昼9:00
もう起きなくては。

外は薄暗く空は雲で覆われている。
気温28度。

起きたからといっても
気は入らない。
やらなくてはと思う気持ちだけが
空回りして
だらけた心が重く深く場所をとっている。

昼10:00
朝食にトーストとコーラで今日の元気を頂きます。
今日も無理しすぎず頑張ろう。

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