49歳131日。自宅の食卓より
終わらない私の仕事
終わっている私の人生
なんでこうなった?
その問いは反省したいのではなく
他責にしたい気持ちの方が強い。
どうしたらいいのだろう?
その問いは改善したいのではなく
救いの奇跡に縋る気持ちの方が強い。
教育が悪い、体制が悪い、環境が悪い。
不満の声を並べては心に押し込む。
与えられた仕事が出来ないのは
新人のように。
教育を直そう、体制を直そう、環境を直そう。
周りには呼びかけても自分は目先の事で手一杯。
これでは上手く行くはずがない。
私は変わらなくてはいけない。
私自身のプレイヤーとして
チームのマネージャーとして
そのお題は決まっているのに
具体的な話になると不明瞭になる。
部下にも上司にも客先にも
気を使い忖度しっぱなしだ。
言いたいことは言えず
弱いところ、言いやすいところにぶつけてしまう。
最終的に弱く言いやすい自分で対応、としてしまう。
私が機械のように速く処理出来ればまだ良かった。
判断は揺れ、
助言は迷い、
周りを掻き乱している。
全体感が見えていない。
これでは上手く行くはずがない。
私は完成していない。
他責にしてても仕方がないし
奇跡は起きない。
1つずつ決めて進めていくしかない。
全体が見えないなら
足元、手元を見る。
まずは目に付いたものを片付けよう。
言いたいことが言えないなら
一言伝えよう。「なんで?」と。
何でも直ぐに受け入れるのではなく。
誰かのせいにしたくなったら
自分が選べることを探そう。
奇跡に縋りたくなったら
今出来ることをしよう。
私は迷う。疲れる。間違う。
そういうものだ。
それでもやり直すことは出来る。
考え直す。
言い直す。
終わらない仕事の前で
終わった人生を嘆いている。
けれど
終わってないから
人生はまだ残っている。
未完であることは
人生の敗北では無い。
失敗の連続でも
人生の敗北では無い。
今日の自分はまずノイズを取ることから。
***
朝6:00
意識の目覚め。
身体の疲れと内からの毒素を感じる。
起きて洗い流したいが力は入らない。
何も考えたくない。
朝7:00
妻は出勤で旅立つ。
私は横たわったまま。
寝てても爽快感は得られそうもないが
起きて積み重ねる憂鬱感よりはマシだ。
朝8:50
もう起きよう。
自然と思い立つ。
起きて行動しないと進んでいかない。
外は薄暗く大雨が降っている。
気温30℃。
部屋に入り込んだ雨はダンボール類を弱らせている。
シャワーを浴びて表面化した疲れを流す。
これだけでひと仕事やりクタクタだ。
妻が作ってくれたパスタがあるが
食欲はわいていない。
何も身体にいれないのは良くない。
コカコーラゼロを飲んで一旦落ち着けよう。
今日も無理しすぎず頑張ろう。
